リブラ舎の「この世」のしごと

編集ライター・リブラ舎です。本と雑誌、WEBもいろいろつくります。仕事履歴、日々の雑感を綴ります。

編集者として書くこと。京阪旅行。

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編集者というのは何の専門家でもなくて、

毎回ゼロ知識のところからプロに話を聞いて記事や書籍をつくるのが仕事で、

最近、悩んでいたのは、まさに自分が何者でもないということで、それで将来を不安がったりしていて、

大学で学んだ民俗学へのふたたびの関心も、じっさいに純粋な興味からなのか、自分に専門がほしいからなのかも曖昧で、

そのため“大学院へ行く”なんて決断は、何も捨てられない今の状況からしてできるわけがなく、

今回、京阪へ行くことにしたのは、そんな状況に何かヒントが得られるかもしれないと思ったからだった。

編集者であり、民俗学者でもある畑中章宏さんは、大学院を出ているわけではない。学部も法学部出身。平凡社で月刊太陽の編集をやっていた人で、休刊を機に独立し、独学で勉強していた民俗学関連の著書を何冊も出している。

本人も「自称民俗学者」と言っているし、一部の人からは、畑中さんが書いているのはエッセイにすぎないと言われたりもしているけれど、そんな立ち位置も含めて、今の私にとっては理想形に見えた。

WIREDで連載していた「21世紀の民俗学」も、ポケモンGOでフィールドワークしたり、自撮り棒を“一つ目一本足の妖怪”と言ったり、そんな新しい視点に、心ときめかせて読んでいた。

そんな畑中さんと、WIRED元編集長、若林恵さんのトークショーが大阪であった。

若林さんは畑中さんと同じ月刊太陽出身の編集者。4月に出た著書『さよなら未来 エディターズ・クロニクル2010-2017』(岩波書店)の発売を記念したイベントの一環だった。

テーマは「編集者が文章を書くとき」。2人とも編集者でありながら、著書を出しているという共通点があって、どうやって編集者と著者の二足のわらじを履いているのか、その心は。と、まさに今の自分が気になっている内容だったので、大阪行きを決めた。

どうせ関西方面に行くならと、声をかけてみたのが、京都大学ではたらく、大学のゼミの先輩。インドを行き来しているので、日本にいるかわからなかったけど、タイミング良く大学にいるということで、京大でお昼をご一緒することができた。

先輩に「民俗学勉強したいんですけど、どうしたらいいでしょうか?」と聞くつもりで来た。

でも、超おもしろい弾丸民俗学トークを連発され、それおもしろい!と感激し続ける自分がいて、同時にこんな本つくりたいという気持ちも湧いて、自然と答えが出たようなきがした。

編集者として民俗学に関わる方法を探せばいいのか、と。自分が専門家にならなくても。

先輩とは地元が一緒で、なぜか中学と大学が一緒という不思議なつながりだけど、私が進めなかった道をまっすぐ進んでいるような気がして、めっちゃ尊敬しているのです。

京都から大阪へ移動。

畑中さんと若林さんのトークショーは、とても勉強になった。若林さんの文章は“メール”のよう。畑中さんの文章は固く“学術的”(引用を多用して、意外なもの同士を結びつけるブリコラージュ的とも言っていたけど)。書く文章は全然違うけど、2人とも、編集者として文章を書いていることには違いなかった。

意外だったのと、なぜかすこしホッとしてしまったのが、畑中さんが、雑誌の1企画のように本の企画を考えていること。

たとえば、『ごん狐はなぜ撃ち殺されたのかーー新見南吉の小さな世界』(晶文社)を書いたきっかけは、新美南吉生誕100年…みたいな記述を見たから、と。

新美南吉の研究をしてうん十年という研究者にどう顔向けするのか?」と若林さんに聞かれ、「おれは雑誌だ」と答えていた。
「畑中章宏というブランドはないけど、おれが面白いとおもった、というフィルターはある」みたいなことを言っていた。

もちろん、蓄積されている知識が物を言うことはわかるけど、企画自体は、編集者的な切り口で考えられているのだなぁと。

必要なのはフィルターを研ぎ澄ませることか。

読む人からしたら、新美南吉研究者じゃないのかよ、と思われるだろうか。思われるだろうな、ちょっと、詐欺っぽいし。

でも、新美南吉研究者には書けない切り口だろうし。

編集者ならば間違っていない。

編集者としてまず存在して、誰に原稿を書いてもらうかという選択の中で、自分がいるということ。

なんとなく、努力する方向が見えた気がしました。

たぶん、私は編集者であると同時に、ライターだと思っているから迷うのだなと思った。

編集者であることをアイデンティティにすれば、専門がないことがマイナスではなくなる。思う存分、いろいろなものに浮気しまくって良いのかなと。