リブラ舎の「この世」のしごと

編集ライター・リブラ舎です。本と雑誌、WEBもいろいろつくります。仕事履歴、日々の雑感を綴ります。

2011年、会社勤めから兼業フリーになったときの日記(恥)

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2011年。

フリーランスになるときのやや恥ずかしい日記が出てきたので晒しておく。

「兼業フリー」になると決めたとき。

(2年で、専業フリーになったけど)

今も、自分の指針になってるような気がする。

複数の、多ジャンルの仕事を同時並行することの。


昨日は、阿部先生と千歳烏山で飲んだ。

転職にあたり、「喝を入れてください」と言って
時間をとってもらったのだけど
私は、言い訳をしたかったのかもしれないと思う。
会社に属しての編集を辞めるという
悩んだ末の決断について
その事実だけを伝えるのが怖かったのだと思う。
あれこれ説明して、わかって欲しかったんだと思う。

先生は、私の新しい仕事について
「面白そうじゃん」と言ってくれた。
へたな(失礼)出版社に行くよりよっぽどいい、とも。
(それでなんかすごいほっとした)

先生の話は、相変わらず私にとって耳の痛い話ばかりで
というか、それ以前、固有名詞を記憶から辿り、理解しようとすることで
精一杯だったのだけど

「幸せ」についての話が印象に残っている。
幸せは、異なる2つの選択肢の「ねじれ」の中にある“度合い”の
調整能力によってもたらされる、と。
その2つの選択肢は、ねじれた位置にあることが正しい。
そのねじれの中に調整されるべき度合いがある。

完全な「明」でもなく、完全な「暗」でもなく
その間にある「ねじれ」には、様々な色合いがあるはず。
それは、変化していくもの。

あえて「ねじれ」をつくること
中間的なものを創造すること
一つのものに染まらないこと
…そんなヒントをもらいました。

「編集という仕事」と「送りたい生活」の間には、大きなねじれがあって
自分が興味を持てる・そしてできる と思える別の仕事をしながら
送りたい生活を目指しつつ、編集・ライター業を続けるというのは
私なりの調整であったんだなぁと。

そのねじれの調整は、これからも様々な場面で、規模で
必要とされることだろうから
それが、課題になる。


もうひとつ
たぶん、つながることだけど。

「今日は何をする日」
ということを
自分ベースでも決められるようにならないといけない。

もちろんそれは、仕事ではいつもやっていることだけど。
自分にとって、今日必要なものを考えて選択することができていなかったと思う。
今日読む本を本棚から選ぶ
そんな当たり前のことを、なぜ満足にできていないのか。
自分ベースと、他人ベース
その間にもねじれはあって、そこをどう選ぶかなんだろう。


あと、忘れないように書いておく。
自己再帰性の矛盾について。

Aさんが「Bさんてすごく生意気!」と言った時
実際にBさんが生意気かどうかは第三者的にはわからない。
でも、Aさんが生意気であることだけはわかってしまう。

ということ。
どんなものを書くにしても、どんな仕事にしても
そんな恥ずかしいことはしないようにしようと思った。

編集者として書くこと。京阪旅行。

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編集者というのは何の専門家でもなくて、

毎回ゼロ知識のところからプロに話を聞いて記事や書籍をつくるのが仕事で、

最近、悩んでいたのは、まさに自分が何者でもないということで、それで将来を不安がったりしていて、

大学で学んだ民俗学へのふたたびの関心も、じっさいに純粋な興味からなのか、自分に専門がほしいからなのかも曖昧で、

そのため“大学院へ行く”なんて決断は、何も捨てられない今の状況からしてできるわけがなく、

今回、京阪へ行くことにしたのは、そんな状況に何かヒントが得られるかもしれないと思ったからだった。

編集者であり、民俗学者でもある畑中章宏さんは、大学院を出ているわけではない。学部も法学部出身。平凡社で月刊太陽の編集をやっていた人で、休刊を機に独立し、独学で勉強していた民俗学関連の著書を何冊も出している。

本人も「自称民俗学者」と言っているし、一部の人からは、畑中さんが書いているのはエッセイにすぎないと言われたりもしているけれど、そんな立ち位置も含めて、今の私にとっては理想形に見えた。

WIREDで連載していた「21世紀の民俗学」も、ポケモンGOでフィールドワークしたり、自撮り棒を“一つ目一本足の妖怪”と言ったり、そんな新しい視点に、心ときめかせて読んでいた。

そんな畑中さんと、WIRED元編集長、若林恵さんのトークショーが大阪であった。

若林さんは畑中さんと同じ月刊太陽出身の編集者。4月に出た著書『さよなら未来 エディターズ・クロニクル2010-2017』(岩波書店)の発売を記念したイベントの一環だった。

テーマは「編集者が文章を書くとき」。2人とも編集者でありながら、著書を出しているという共通点があって、どうやって編集者と著者の二足のわらじを履いているのか、その心は。と、まさに今の自分が気になっている内容だったので、大阪行きを決めた。

どうせ関西方面に行くならと、声をかけてみたのが、京都大学ではたらく、大学のゼミの先輩。インドを行き来しているので、日本にいるかわからなかったけど、タイミング良く大学にいるということで、京大でお昼をご一緒することができた。

先輩に「民俗学勉強したいんですけど、どうしたらいいでしょうか?」と聞くつもりで来た。

でも、超おもしろい弾丸民俗学トークを連発され、それおもしろい!と感激し続ける自分がいて、同時にこんな本つくりたいという気持ちも湧いて、自然と答えが出たようなきがした。

編集者として民俗学に関わる方法を探せばいいのか、と。自分が専門家にならなくても。

先輩とは地元が一緒で、なぜか中学と大学が一緒という不思議なつながりだけど、私が進めなかった道をまっすぐ進んでいるような気がして、めっちゃ尊敬しているのです。

京都から大阪へ移動。

畑中さんと若林さんのトークショーは、とても勉強になった。若林さんの文章は“メール”のよう。畑中さんの文章は固く“学術的”(引用を多用して、意外なもの同士を結びつけるブリコラージュ的とも言っていたけど)。書く文章は全然違うけど、2人とも、編集者として文章を書いていることには違いなかった。

意外だったのと、なぜかすこしホッとしてしまったのが、畑中さんが、雑誌の1企画のように本の企画を考えていること。

たとえば、『ごん狐はなぜ撃ち殺されたのかーー新見南吉の小さな世界』(晶文社)を書いたきっかけは、新美南吉生誕100年…みたいな記述を見たから、と。

新美南吉の研究をしてうん十年という研究者にどう顔向けするのか?」と若林さんに聞かれ、「おれは雑誌だ」と答えていた。
「畑中章宏というブランドはないけど、おれが面白いとおもった、というフィルターはある」みたいなことを言っていた。

もちろん、蓄積されている知識が物を言うことはわかるけど、企画自体は、編集者的な切り口で考えられているのだなぁと。

必要なのはフィルターを研ぎ澄ませることか。

読む人からしたら、新美南吉研究者じゃないのかよ、と思われるだろうか。思われるだろうな、ちょっと、詐欺っぽいし。

でも、新美南吉研究者には書けない切り口だろうし。

編集者ならば間違っていない。

編集者としてまず存在して、誰に原稿を書いてもらうかという選択の中で、自分がいるということ。

なんとなく、努力する方向が見えた気がしました。

たぶん、私は編集者であると同時に、ライターだと思っているから迷うのだなと思った。

編集者であることをアイデンティティにすれば、専門がないことがマイナスではなくなる。思う存分、いろいろなものに浮気しまくって良いのかなと。

いか八朗さんのこと

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二〇〇六年十月二十七日。

私が大学を卒業して、編プロで働きはじめた年のこと。

飯田橋から乗った大江戸線内で話し掛けられた 

「お姉さんお姉さん、これ、春日行く?」 

「行きますよ、次ですよ」と答える。 

 

背が低いその人は、見上げるように私のことを見回す。 

「お姉さん、あのね~ 見たところ、耳たぶが厚くて、いい耳してるね。 でも絶対穴あけたらだめね。 運が逃げていくから、穴だけはあけちゃだめ」 

 

穴は既にあいてるんだけど、ピアスつけてなかったから 見えなかったみたい。 

 

「私はねぇ「いか八朗」って芸名で映画の仕事を40年やってるんだけど…。藤原紀香だってあれだよ、無名のころ私が占ったんだ。「君はスターになるよ。ただ、耳に穴あけちゃだめだ」ってね」 

 

いか八朗なんて知らないし、超あやしいと思って 、でも一生懸命話してくるので 一応返事はしつつ聞いていた。

 

「お姉さん、首にホクロあるんだね。これとったほうがいいよ。 運が逃げるから」 

と言って首をさわってくる。私自身もこんなとこにホクロあるなんてしらなかった。すっっごい小さいホクロ。 

「え~とるのは無理ですよ」 

と笑いつつ、春日(私の目的地も春日だった)についたので 

「急いでるので~」と足早に離れる 

 

ーーー

そんな出来事ががありました。

いか八朗さんの訃報をニュースで知り、唐突に思い出した。

(やり取りがリアルなのは、当時書いていたMixi日記を発掘したから)

いか八朗さんは、占い師だったのかな?

今思うと、浅野八郎先生の間違いでは…?なんて思うけど、まぎれもなくいか八朗さんでした。

藤原紀香はピアスの穴あいてないのかな。

 残念ながら私は、ピアスの穴もあいてるし、首のホクロも取ってないので、スターにはなれないようです。

こんなイカしたキャラの人と もっと話しとけばよかったかな。

素敵な思い出をありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。

 

香港で買った亀の印鑑の正体を知りたい

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約10年前、社員旅行で香港に行った際、骨董品屋でひとめぼれして、店のおじいさんに「いくらですか?」って聞いて、言い値で買った、この亀の印鑑。

たぶん、日本円で1万円くらい。親亀の中に、子亀3体が収納できるようになっていて、子亀1体が背中にのっていて、でもなぜか、背中の子亀は甲羅の中身が鳥になっている。

すべて印鑑になっていて、鳥の裏は「吉」と1文字の印鑑。その他は読めず。

買ったとき言葉がわからず、年代とか、使用用途とか何も聞かずに買ってしまって、

ずっと部屋に飾ってたんだけど、今になって、いつの時代のものなんだろう、なんて書いてあるんだろう、何に使うんだろうと気になって仕方ない。

「ネットでなんでもわかる時代」だけど、めぼしい情報は見つからず。

1つだけ、似たものが検索で出てきた。

blog.goo.ne.jp

黄河文明の青銅印?

だったらすごいけど、それを模倣してたくさん作られたものだったりするのかな。

いずれにしても、この知りたい欲求をどうしたものか。こちらが完全に無知だから、骨董品屋さんに持っていっても騙されるような気がするし。

(安く買い取って高く売るのが商売でしょ。こちらに本当のこと話してくれるんだろうか)

知りたくても知る手段がわからない…ということがすごく気持ち悪い。何かいい方法はないものか。お宝鑑定団、出たいな。

はじめての「マウンテンサイクリングin乗鞍」

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これまで山登っているとき「坂がきつすぎて、景色見る余裕なかった〜」とよく言っていたけど、乗鞍はなんか違った。きついのに、あまりにも景色がきれいすぎて、見てしまう。正確には、見る余裕がなくても、感覚として、景色に感動していて、辛いと考えるより感動のほうが大きく、でも体は疲れていて、頭と体のバランスが、いつものヒルクライム時と違い、「耐える」「根性」みたいなのが湧いてこなくて、

わけがわからないまま登った感じがする。

標高2700mは、見たことない景色でした。

 

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槍ヶ岳穂高連邦)

 

濃い2日間でした。

私のミス(?)で野麦峠方面のキャンプ場のキャンプトレーラーを予約してしまい、しかも渋滞に次ぐ渋滞で、日暮れの峠道を車で走ることになってしまった。夜の山ってほんとヤバイですよね。猿、たぬき、うさぎ、きじを見た。その他の動物、動物と妖怪の中間みたいな生き物も、きっと隠れていたことでしょう。理想は、「明るいうちに、キャンプ場で肉を焼く」だったんだけどなあ。

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(猿はなんで同じ方向を見ているのか)

 

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(トレーラーハウス、けっこう快適)

 

夏休み最後ということもあり、行きも帰りも渋滞ばかりだったけど、今回、一緒に出場した、せんさんとたくさん話せたこともよかった。往復10時間以上、こんなに人と話すことってめったにないよね。これも濃いぃ時間で、主に仕事への刺激をもらいました。私に「自転車ライターなんてええんちゃう?女性少ないし」「弱虫ペダル読んでみたら勉強になると思うよ」と飲みの席で言ってくれた人。その帰りに弱ペダ3巻まで買って帰ったのが、今思えば、はじまりでした。乗鞍にさそってくれたのも。せんさん、ありがとうございます。そして旦那氏は、過酷な運転をありがとう。頼りになります。

 

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(当日、夜が明けたら、雲海が広がっていた)

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(当日、朝の駐車場で料理する人)

 

5月の「榛名山ヒルクライム

6月の「富士ヒルクライム

8月上旬の「グルッとまるごと栄村100kmサイクリング」

そして「マウンテンサイクリングin乗鞍」

合間に和田峠や鹿野山でトレーニングしたりして。

ヒルクライムざんまいの夏が終わりました。

 

 

 

「グルっとまるごと栄村100kmサイクリング」に参加してきた

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 自転車はじめて以来、仲間からずーっと「栄村出ようよ」「栄村出ないの?」「めっちゃ楽しいよ」「ちょーきついよ」「絶対大丈夫だって」「50kmコース?いやいや100kmでしょ」「地獄ですよ」

と、誘われたり脅されたりしてきた「グルっとまるごと栄村100kmサイクリング」に8/6、参加してきました。 結果、みんなが言っていたこと全部本当でした。発見。天国と地獄は共存する。距離105km、高度上昇2409m、消費カロリー3004kcal。肺の奥に吸い込む山の空気、見る余裕ないけど、過ぎていく絶景。ツラ楽しい道中でした。 途中、3粒くらい泣き、これはもう足切りペースだわと思って、諦めそうになりましたが、仲間のおかげで完走することができた。個人的には、後半、土砂降りの雨に降られて、涙も汗も泥も日焼け止めも洗い流されたあたりから、元気になった気がします。水たまりができているガタガタ道の狭い下りで、「あー、今、一瞬でも気を抜いたら死ぬわ」って考えていたら、脳内で弱ペダソング再生がはじまり、何か吹っ切れたのを感じた(遅い)。追い込まれるのは、嫌いではないようです。 最後の登り、仲間がわざわざ引き返してくれて、横でZARD「負けないで」かけてくれて、で、みんなでゴール。こんな最高なのアリかよ。夏の一大イベントが終わりました。
夏休みって、大人になってもあるんですね。「終わらないでくれ」と思えるくらいの、短くも凝縮した夏休み。みなさまありがとうございました。  

宇都宮森林公園を走ってきた

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3/20祝日、お世話になっているカメラマンさんに案内していただき、宇都宮の森林公園を走ってきました。8:10輪行で浅草駅から東武日光線に乗り9:46新鹿沼駅着。ボックス席で快適だった。 

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宇都宮森林公園といえば、ジャパンカップ開催の地。昨年は取材で訪れた場所。

ビュンビュン走る選手たちを見るのと、自分が走るのは違いますね。走りごたえありました。しかも選手たちはここを12周とかするからすごい。

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あの日、山岳賞をめぐる熱戦が繰り広げられていた古賀志林道。なんとか登れた。こんなコースが家の近くにあれば、めっちゃ良い練習になるなぁ。

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帰りに、ベロカフェというおしゃれなカフェに連れてってもらいました。

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壁にマビックのホイールが埋まってる。天気が良かったのでテラスで食べましたが、店内にも自転車が駐輪できる仕様になってました。盗難の心配なくゆっくり休憩できるって超ありがたい。もっとこういう店増えればいいのに。とくにいつも走ってる荒川周辺。良いコースと良い休憩場所のある宇都宮素晴らしい。

そして帰りは、宇都宮駅で餃子とビール。

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これができるのも輪行の醍醐味。知らない場所を自転車で走るこれが何より楽しい。

 

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踏団「カーネーション」見てきた

 

 
ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団の「カーネーション」。当日券買えるかもとの情報を得て、電車に飛び乗った。結果、無事観られました。
 

素晴らしかった。振り返ってみると、前に見たのは2006年4月で、社会人なりたての頃。あれから11年。残念ながらピナは亡くなり、私は本をつくり続け。今回の公演で印象的だったのは、ダンサーの心音や手話が舞踏に昇華するところ。ならば、我々が生きてるのも話すのも同様と言って良いのではないか。ついでに仕事も。
踊ってる最中に足場を奪われるのも、花畑が踏み荒らされるのも、同じ花を見て意見が食い違うのも神聖な祈りの最中に足をくすぐられるのもぜんぶ踊りなら、理不尽なことも、ままならないことも、悪くないなと。
1時間半待ってる間に『サピエンス全史』読んでたのもあって(?)人間の営みの小ささに、ホッとした気がします。「所詮〇〇」と考えれば気楽だ。だけど、「されど〇〇」なんだとピナは言ってたと思う。
 

焼けるのに20分待って、パンケーキ食べてしまった。今日は待ちの日だったな。しかしなんか満たされた。

大垂水峠・裏和田ヒルクライム

勢いで、ハルヒル、乗鞍、富士ヒルと、3つのヒルクライムレースに申し込んでしまいました。山は嫌い、とずっと言い続けてきて、今でも苦手で嫌いなのに、なんでだろう。平地のほうが得意なのは確か。チームで出るロードレースなんかには出られないから、平地は、タイム計測したり誰かと競争したりしないと、ゲーム性はない。山はてっとり早く、1人でも、何かと(自分と)戦えたり、駆け引きしたりできて、それでいて、制した!と思えるからかな。あれ、これは山が好きになってきてるのか、いやいや。

今日は高尾山口まで輪行で行き、 

大垂水峠(うっすら富士山)

 

相模湖

 

 
 
ZEBRAというオシャレなカフェ(自転車が中に停められる。これってすごく嬉しい。クロワッサンサンドおいしかった)
 
和田峠を、裏から(はじめて登ったけどめっちゃキツかった。脳と脚を切り離し、無意識に脚を回すというゾンビ走法でなんとか登りきった)
 
いい感じの陣馬亭まで下り、駅へ戻りました。累積標高 約1200m走行距離 約60km消費カロリー 約1500kcalよく走った。夫と行ったんですが、家にいるとお互いスマホとかPC見てあんまり会話しないのに、こういうところ行くとよく話すようになりますね。
ダンシングができないのをなんとかしたい。

2016年走り納め→2017年走り始め

 
 2016年大晦日は、お世話になっている自転車屋さんの毎年恒例・走り納めに参加してきました。柴又の寅さん公園から江戸川を北上、関宿まで。家からの距離、往復120km。20人くらいでぶわーっと走るのは、非日常で楽しいです。帰りは、野田のうどん屋へ。駐輪すると迫力ありますね。
 良い天気で、あったかくて、最高だった。ロードバイクはじめて1年半くらい。いつの間にか、100km超えもふつうになって、速度もかなり上がった気がする。自転車も、いろいろグレードアップしたけど。成長したのかな。走り始めは、1月8日。いつものメンバー、いつもの荒川のコース。ラーメン王(?)石神さんのテレビでやっていた、堀切のタカノへ行きました。
 
ラーメン350円。シンプルで無駄のない味、完成された味でおいしかった。さて、今年はハルヒルにもエントリーしてしまったし。がんばらないとな。